ふじネットワーク委員会

巻 頭 言 真に優しい医療の現場 平成23年12月

前理事長藤川輔一氏の十七回忌を迎えて 院長 林 隆士

AEDを使った心肺蘇生法を身につけましょう AEDとは何か? 傷病者を発見したら!あなたは次の行動ができますか?

編集後記

藤川病院






巻 頭 言 平成23年盛夏

暑中お見舞申し上げます 院長 林 隆士 病院新聞発刊にて、皆様に暑中のご挨拶を致すにあたりまして、まず、斯様の大震災によって瞬く間に縁者、住居、財産をなくされ、本当に途方に暮れておられる、多くの被災者の皆様方に心からお見舞申し上げます。  このような日本始まって以来経験のないような、また、地球規模的にも相当大きな地震と津波がどうしてこの小さな島国を襲わなければならないのか、怒りと不可思議さが頭の中を去来しておられることかと思います。この震災で日本の国力の軸は大きく揺るぎ、傾きました。しかし、経済大国日本といわれてきた我が国が国際的にその真価を問われるのはこれからです。どれくらいの底力を持っているのか私は知りませんし、知らない人が多いかと思います。日本が繁栄したのは詰まる所、自動車・家電をはじめとする生産業に秀でていたからでありましょう。  先ず、日本の指導者達は歴史的背景からみても、いかなる分野での核の利用にあたって、本気でその危険性と利便性を十分に明らかにし、見直すべきところは率直に見直し、国民が安心して生活できるようにする義務があるかと思われます。また、日本流のエネルギー革命を興し、真に平和な生産業のトップをひた走ることを願います。  最近のニュースでドイツは世界に先駆けて原子力発電を国中で中止したといいます。次世代のエネルギーに自信を持っているからでありましょう。  さて、愛する佐賀県でありますが、折角ここまで佐賀を世に知らしめてくれたのですから、その知事を始めとする先覚有志者こそ我が国のリーダーとして、しっかり日本を引っ張って行って欲しいものです。  話がすっかりそれてしまいましたが、暑中お見舞い申し上げます。理事長藤川謙二は日本医師会の務めに追われつつも、元気に臨床と医療政策の勤務に精進しています。藤川病院職員一同は病院の診療理念に従い、地域へのサービスに恥じないよう、可能な限り質の高い医療の提供と清潔で真に優しいケアの実践をお約束できますよう、一丸となって頑張っています。これまで以上に藤川病院をご利用頂きますようお願い申し上げます。

災害支援活動報告 2011年3月11日 M9 東日本大震災
レポート 看護師 副島佐紀子
 東京の日本看護協会に全国から災害支援ナースが集まり、岩手県・宮城県の病院や避難所へ派遣された。 私は、宮城県石巻市立湊小学校の避難所へ、東京から全行程、約8時間をかけて到着した。青葉中学校から好文館高校へ向かう途中、橋を一本渡ったところで、街の様子が一変する。道路は、車が通れるようになっているが、瓦礫の山。津波に流された車や船が至る所に残ったままで自衛隊や災害支援の車両、緊急車両が走っており、異様な非日常的光景であった。
 湊小学校に到着し、バスを降りると、ヘドロの臭いが鼻をつく。グランドはヘドロが堆積しており車が埋もれていて、プールにも2台の車が浸かっていた。そう古くない白い校舎が印象的に目に飛び込んでくる。テレビで見ていた光景そのままだが、この状況で子ども達は無事だったのかと、強烈に胸がしめつけられる思いで、涙があふれてきた。 発災から24日目、津波で1階の天井まで浸水した小学校は、ライフラインが全滅したままであり、校舎2階から4階の各教室に約320名の方が避難しておられた。避難所の管理者をトップにボランティアや他県の役場、自衛隊などが入っており、被災者は地区別に入所されていて、コミュニティは整っていた。
 災害支援ナースの活動目的は、被災者が健康レベルを維持できるよう適切な医療、看護を提供することであり、また被災した看護職の心身の負担を軽減し支えるように努めることである。 わかっているけどできない状況を理解し現場のスタッフとの相談・調整には配慮しなければいけない。 看護職の視点から、しなければいけない事、こうしたほうがよいと思うことが沢山あるのだが、目の前にある、今解決しなければいけないことを最優先するので、短い活動期間では出来ないことのほうが多くジレンマを感じた。  しかし、終わった今、振り返ると、一つでも出来たと思えることがあること、それを繋げていけばよいのだと思うことができる。
 ある被災者の方が、この教訓を伝えていくことが自分たちの役割であり「応援してくれる人達は応援団、残った自分たちは選手、だから素晴らしい生き方をしなきゃいけない。復興10年を目途に頑張る。」と言われていた。復興に向かって前向きに生きていかなければいけないという思いと、その反面この先の生活に不安が大きく、生き残ったことを悲しく思う人達もいる。半壊した自宅にいる高齢者の中には死んでいたほうが楽だったという方も多くいることを聞き、あまりにも大きな災害になすすべもない人たちがいることも現実であることを痛感した。  毎日のように避難所を出ていく人や入ってくる人がいる中で、血の繋がっていない親戚が身元引受人になっている高齢者が、行き先がなく、避難所に連れてこられ入所にあたって問題になった。高齢者を一人で避難所においていってもらっては困るという避難所にいる被災者。自らも被災者であるため、連れて行くところがなくて困っている親戚の方。行き先がなくみんなに迷惑をかけて申し訳ないという高齢者。私たちが居場所探しに奔走している中、「あの時、津波にのまれて死んでしまえばよかったのに。不幸にも助かってしまったから…。」という言葉を親戚の方から聞いた。 助かってはいけない命などあるはずもないのだ。私たちは、この大災害で助かった命が、健康的な生活を維持できるように手助けができればという思いで被災地へ入った。それがこの言葉を本人の口からではなく家族から聞くとは思いもしていなかっただけに、あまりにも悲しく、虚しくて涙がとまらなかった。  本当は、相手のことを思いやる優しさなのだが、極限の状況がこの言葉を言わせた。これも今、ここの現状なのだということを痛感した。被災者も、行政も、ボランティアも、どこも一生懸命やっているはずだが、まだまだマンパワーが不足していること、情報の集約ができていないことなど、問題が山積している。  被災地にはこれまでの当たり前の日常生活がなく、それがどんなにありがたく、幸せなことであるのか思い知らされた。自然の猛威を目の当たりにし、人間の弱さも、強さも、また人の温かさをも、こんなに感じたことはなかった。泣いたり、笑ったり、胸が苦しくなるほどの現実になすすべもない悔しさを感じてこれから先、私にできることは、役割は何なのか、しっかりとみつめながら生きていくことを心に刻み、一日も早くみんなが笑顔で安心して生活ができるように、今日より明日が良くなりますようにと心から祈る。

編 集 後 記   今年の梅雨は高温多湿の猛暑日が続きました。入梅が早かった分明けるのも例年より早くなりました。  東北や関東の被災地の事を思えば、幸せな生活環境に感謝しなければいけません。暑い暑いと言っている場合じゃありませんが、皆様は健康管理には十分気をつけて下さい。特に猛暑が続きますので休養と水分補給で熱中症にはご注意下さい。  今回のふじネットワークは、東北関東大震災の災害支援活動報告です。現地に足を踏み入れられた副島看護師さんの生の声をご一読下さい。  佐賀の町は、熱く燃える佐賀城下栄の国祭りが近づきます。総踊りの会場で藤川病院のチームを見かけたらご声援下さい。                                      (編集委員 福川)

藤川病院






 
佐賀の皆様に奉仕する藤川病院 藤川病院院長 林隆士

新年明けましておめでとうございます。 


平成22年度立入調査終了する。サンタクロースの登場! インフルエンザの流行時期です。編集後記

藤川病院







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